TIAMO17(東方神起ホミン小説)
僕の部屋に入るなりなんだか急に大人しくなったチャンミンにソファーを進めても所在なさげ
「何か飲む?」
と聞くとほっとしたように立ち上がりキッチンに顔を見せた
「ワインなんて無いですよね」
どうだったかな、と答えながらもあるはずないのは僕もチャンミンもよく分かっていた
「いい大人の男は自分が飲まなくてもワインくらい置いとくもんですよ」
なんて言いながら冷蔵庫を覗いて
「ビールもないんですか?」
なんて言うのに苦笑した
だってこないだ…もう大分前になるかもだけど…家にあったワインもビールもみんな飲んでしまったのはお前だろうとか
言わないけど思ったりして
「ワインとビールね…買っておくよ今度来るときまでに」
というと冷たく
「別にいいです。今度なんてあるかどうかわからないし」
「…そんなこと言うなよ」
言いながらこちらを見ず冷蔵庫を覗いているチャンミンの背中越しに覗きこもうと…すると急に振り返りペットボトルを押し付けて逃げるようにリビングに向かう背中
…緊張しているんだな
リビングに行くとソファーの横でさりげなく
僕の来るのを待っている
そ知らぬ顔をして先に座り隣を叩くと嫌な顔をしてみせて一番離れた隅に座るのを見守って
そして…僕は話し始めた
今回の事…兵役のことやそれに伴うブランク
インタビューで兵役やそれにまつわる事について話してもあくまでもそれはその事について一般論で話したのであって
僕の心の奥底の気持ちまでは話せた訳じゃない
当たり前だ…どれ程深く正直に話そうとしたってアイドルのユノ・ユンホとして話すなら限界があって然るべきなんだろう
でも舞台を離れて
こうしてチャンミンと二人きりになってさえ
認めるのが怖い感情
長い…長すぎる間自分でも認めずにきた感情
いつもの前向きなポジティブな意見じゃなく自分の中の弱いところや怖れを…
〈僕は怖い〉
そう切り出すと注がれる視線に少しうつむいて祈るように組まれた自分の手をじっと眺めた
〈僕は怖いよ…兵役に行くのも…その間活動出来ないのも〉
〈今だって…若くて新しいグループが沢山出てきて皆やる気満々で…〉
そして皆才能と自信に満ちあふれているように見える
何よりも情熱が
疲れを知らない子供のような勢い勝りのそれでも…紛れもない情熱が…
かつては僕達もそうだった
僕だってかつては…
その熱が失われるなんて考えた事すら無かった
休養を余儀なくされた2年近くの間
どれほど渇望してやっと帰ってきたはずの世界すら時折奇妙に色を無くしてしまう
自分のしていることが過去の自分の出来の悪い模倣のように感じられて僕の中でまだ消えずに残る情熱に水を差す
これでもしまた2年もの間
そうして頭の中で膨らんでいく疑問
…声は出るんだろうか?
複雑な振り付け…ダンスを覚えている?
今でさえ満身創痍の身体…怪我をしないだろうか?
何よりも…そうやって気をもんで指折り数えて迎えたその日に
僕が帰ってくる場所はあるんだろうか…?
僕は怖い…本当に怖かった
誰が出て来ようとどんなグループが売れようと本当は関係ない
問題は僕の心…僕の魂が
2年過ぎた後でもうひとかけらの情熱も残っていなかったら?
そしてどんな疑問より遥かに深く突き刺さる1つの疑問
もしチャンミンが
チャンミンが別の可能性を見つけてしまったら?
離れている間…僕といる以外の可能性を…
〈ヒョン…?〉
促されてまた…絞り出すような言葉は声にならない
自分の弱さを認めるのはまだいい…でも抱いている疑問
自分達の未來や世界に僕がほんの少しでも疑問を抱いているとは言えない
他の誰にも…ましてやチャンミンには
今こうしている間にも僕の側にいてくれる…さっきまでいつもより少し他人行儀だった顔が僕の独白に急に真剣な面持ちになって
心配そうに見つめてくる瞳
…遠い記憶のあの日と同じ
再起を誓った…お互い口には出さなくてもわかっている言葉を確かめるように
〈これから二人で…〉
守り抜こうと誓った名前
僕の言葉にチャンミンは静かに頷いた
その時僕は誓ったはずだ
チャンミンには明るい未來だけを信じてもらおう
普段僕より懐疑的で厭世的なチャンミンでも
僕が大丈夫だって言ったら本当に大丈夫になるんだって信じさせるために僕は何でもしてみせる
そのためにどんな嘘をついたって構わない
悪魔とだって取引してみせるだろうって
だって僕は約束したんだから
チャンミンを必ず
いつか必ず誰も見たことのない高みに連れていくって僕は…
黙ってしまった僕を見つめるチャンミンに笑いかけるとその途端何故だか顔を歪めて横をむいてしまった
「話したらすっきりした…もう大丈夫だよ」
僕の言葉にチャンミンが微かに身じろきするのがわかる
話しかけようとすると頭を横にふりはじめた
「そんな話…そんな話が聞きたいんじゃない。ヒョンがいつもみたいに大丈夫なんて言うのを聞きたいんじゃないんです」
「チャンミナ…」
「ヒョンはいつもおとぎ話みたいな未来を僕に信じさせてくれますよね?いつも明るい未来を描いて…ヒョンが言うなら本当にそうなるかもって僕ですら…この僕ですら思ってしまうくらい」
「チャン…」と言いかけた言葉さえ飲み込んでしまうくらい食い入るような眼差しで
「そうやって無理して…だから今回みたいな事になるんだとしたら…」
「違うよ」
間髪入れずに遮ると真意を確かめるようにこちらを凝視する
「それは違う。それにもうあんな風にギャンブルに溺れてしまう事は絶対に無い…これは誓えるよ」
しばしの沈黙のあとややあってから僕の断定を噛み締めるみたいに
「…絶対に?もう…もう2度と行かない?」
その言葉は僕を苦笑させた
「誰も行かないなんて言ってないだろ。でもたとえカジノに行ったとしたってもう大丈夫だから。適当に遊んで結果は引きずらないよ」
「ヒョン」
「絶対に大丈夫だから」
そう言うと深いため息
「僕は馬鹿だ」
「僕は本当に…ヒョンがこういう人だって僕が一番知っているのに」
僕の頑固さ…融通の利かなさや狡さを確かにチャンミンほど知っている人間はいないだろう
やがて唐突なチャンミンの声
「ヒョン勘違いしないで。感謝してない訳じゃない…ヒョンが今まで僕にしてくれた事の全てに感謝してない訳じゃないんです」
「ヒョンがいつも自分1人で答えを出してしまうのもすぐに大丈夫だって言ってしまうのも僕の為だって本当はわかってる。でも」
「僕はもうマンネじゃない。ヒョンが守ってあげなくちゃならない子供じゃないんです」
そう言って真っ直ぐ僕を見た
その瞬間…その瞬間の気持ちをどう例えればいいんだろう
いずれにせよチャンミンの言葉は天啓のように僕の心臓を貫いて
そうして恐る恐る僕の口を開かせた
〈僕は……〉
〈僕は本当に……〉
言葉につかえながら途切れ途切れ話す僕をチャンミンは少し厳しい顔をして見つめていた
慣れた感情…慣れた防備を全てかなぐり捨てることは難しい…
話したい事の百分の一も話せたかどうかわからないけど今の僕にはそれで精一杯
僕には大きな一歩だった
喉のつかえを咳払いしてまた言葉を探していると穏やかな制止
「ヒョン…今日はもうそのくらいで」
顔を上げると少し震えたような唇がそれでも微笑んで
「…疲れたでしょう?」
優しい言葉に曖昧に頷くと
「…ヒョンにも人間らしい感情があるのがわかって良かったですよ」
「そんな…」
と言いかけると被せるように
「いいですか誰も…どんな人間でも誰も弱いところや怖れ無しではいられないんですよ。ヒョンはいつもそんなもの無いみたいに振る舞っているけど」
そんなこと無いよ、と弱々しく否定すると
「勘違いしないで…悪い意味じゃないんです。僕はいつもそういうヒョンを凄いと思うし助けられてもいるんですから。でも…」
「でも時々思うんです。あんまり強くなりすぎないでって…1人でも平気みたいにあんまり強くならないで欲しいって…」
見つめてくるチャンミンの瞳が怖いくらいに…
「それに…ヒョンはどうしますか?僕より若くて可愛くて性格も良い子が来たらもう僕の事なんてどうでもいい?」
「馬鹿なこと言うなよ」
間髪入れずに否定すると薄く笑いながらも少し堅い声
「馬鹿なことですか?」
「当たり前だろ」
「どうして?」
「どうしてって…」
だってどんなに若くて可愛くて性格も良くたってそれはチャンミンじゃない
チャンミンじゃないんだもの…と
言いかけた言葉が目の前のチャンミンの姿に溶けていく
「もうわかりましたよね」
「…チャンミン」
「僕だってヒョンと同じ…ヒョンより若くて可愛くてかっこよくてずっと素敵でどんなに素晴らしい人間が現れたってその人はヒョンじゃない」
怖いくらいの口調と眼差し
「そしてヒョンじゃないなら僕にはもう理由が無い」
そう言いながらソファーの端から立ち上がって段々と近づいてくるチャンミンに視線はおろか体まで釘付けになってもう僕は動けない
「僕がこうやって側に行く理由も無い…ヒョンじゃないなら」
一歩一歩近付いて体が触れ合うくらいの距離
息がかかるくらいに近く…
いつもの僕達の距離はいつの間にかこんなに近づいて
そんな改めて気付かされる事実に今さらながらの驚嘆
何よりもチャンミンの言葉が…見つめてくる瞳が
「
どんなに完璧などんなに素晴らしい人間が現れたって僕が隣にいたいのは…」
そうやってすぐ隣
「それがステージでも何処でも隣にいて欲しいのは…」
そう言ってなんだかちょっと強引に僕の隣に腕を組んで座り込んだチャンミンの今更ながらの赤面につい笑みを誘われて
そんな僕を見て憮然とした表情
「…笑わないで下さい」
なんて言うのにまた広がる笑みがほんの一時の安らぎをもたらした
「ヒョン」
暫くして気だるい沈黙の中で囁くような細い声
「僕達がこの10年やって来て…その事になんの意味も無くて誰も何も気にもとめてないにしたって」
「やめたい時もあった…疑問だらけでただ追われるみたいに毎日を過ごしたり…ようやく楽しめるようになった時にあんな…あんな事になって」
言葉を詰まらせるチャンミンに思わず走らせる視線の先で大丈夫、というように
片手を挙げていつになく急いた口調で
「でも僕達が信じてやって来た事は誰にも否定できない…そこに何か(something)があるって…僕達にしか生み出すことの出来ない何かがあるって」
「チャンミン…」
「僕達より歌が上手くてダンスも上手でルックスも性格も何もかも全部優れている人間が現れたって関係ない…僕達には何かがある…長い時間を経てやっとわかる何かがあるって」
そう言って僕を見た
「そう僕に信じさせてくれたのはヒョンなんですよ」
口を開こうとして…言葉が出ない
いつも饒舌な僕がこういう肝心な時には言葉を失ってしまって
壇上で挨拶したりそんな時には勝手に口から出てくる言葉が何故か言えずに相手を失望させてしまう
僕は嫌なのに…
チャンミンを失望させてしまうことが僕は本当に…
と思っていると突然手を伸ばして僕の胸に当ててきたので僕はもう驚いて…
「何をどうしたってヒョンの悩みを僕が解決することは出来ない…と言うかむしろ悩んで当然なんだろうと思うし…でも」
と言って当てた手で僕の胸を軽く叩いて
「僕と離れたって…舞台を離れてしまったって」
最後に念を押すように胸に当てられた手のひら…
「ここの距離で考えて下さい…僕との距離も…ファンとの距離も」
僕の左の胸に当てられたチャンミンの手が離れるとやっと息ができる
甘い痛み…甘い余韻を残して離れてしまった綺麗な長い指をつい目で追いかけて
すぐ隣にいるのを忘れてまともに絡み合う視線
「それにヒョンが言ったんじゃないですか僕が…僕がヒョンの家だって。だったらちょっと離れたってなんだって…」
僕は目を閉じた
押し寄せる感情の嵐に耐えられない
余りにも…
やっと絞り出せた声は低くくぐもっている
悩みや恐れや何もかも全部無くなってしまったついでに僕は言葉まで失ってしまったみたい
「チャンミン」
それだけしか言葉を知らないみたいみたいにやっと出た声にチャンミンはうっすらと微笑んだ
僕は密着した体を少しずらしてチャンミンの肩に頭を乗せてしまう
と僅かにこわばるチャンミンの体からゆっくりと力が抜けていくのを幸せな気分で味わった
そうしてまた目を閉じてしまう
「ヒョンはもう充分…充分やってきたんだから」
言い聞かせるみたいなチャンミンの囁きを枕に安心しきって小さな子供に還ったみたいに
〈ヒョン…?〉
魔法の言葉、魔法の瞳に守られて僕は繭の中にいるみたい…
こんな安堵は久し振り
伝えたい感謝の言葉すらぼんやりと…
ロマンティックな事は何もおこらなかった
たった一度の口づけさえ
僕達が交わしたのはたくさんの言葉に酔いもしないグラス
そして長い抱擁
この先ずっと忘れられないような長く深い心の抱擁だった…