TENSE9(東方神起ホミン小説)
「僕は自分の知らない誰かに何を言われたって…それこそ今回みたいに卑怯だって言われたってかまわないよ。
だって僕は知らない人だしこの人だって僕を知らない…少なくとも本当の僕を知らないんだもの。」
「これが誰か親しい…例えばお前に卑怯者だって言われたら僕は傷つくし…反論したり何なりするだろうけどでも」
言いながら肩をすくめて
「僕を知らない人に憶測で何を言われたって…真実じゃないもの」
ヒョンの事も無げな平静さに僕は口を挟まずにいられない
「でも信じる人はいますよ!ヒョンの事を卑怯だって思ってしまうファンだって」
「ならそう思うまでの事だろ?それでファンをやめるなりなんなり…最も僕のファンにそんな事信じる人なんていないって僕は信じてるけど」
ヒョンの言葉に鼻を鳴らして冷たく言い放つ
「…甘いですよ」
「いいんだって。僕がそう思うんだから」
「だけど…」
いいかけた言葉を止めてしまうようなヒョンの眼差し
「チャンミン…怒りや悲しみに没頭してしまわないで。たまにそんな感情が溢れるのはいい…でも一旦呑み込まれてしまうとそんな感情は自分から自分自身さえ遠ざけてしまう…自分が無くなって怒りそのものになってしまう…そうなったら」
「相手の思うつぼだと?」
ヒョンは苦笑した
「違うよ…辛いってことだよ。自分がとても辛くなる。自分でいることが…」
「ヒョン」
ヒョンの言葉に微かに芽生える疑問
ヒョンはそんな経験をしたことがあるんだろうか
怒りに身を任せて自分を無くして…
でも僕は知らない
あの騒動の最中にも感情があらわになり初めると決まってヒョンは席を立って長い散歩に出かけていた
僕が泣いてしまってもヒョンは泣かなかった…泣くことを忘れてしまったのかと僕はずっと気にしていたけど
それももう過去の話…過去の話になったんだとやっと思えるようになってきたところなのに
ヒョンは泣いたって怒りに身を任せて喚いたってかまわない
口汚く罵って僕の目の前でタブレットを壊してくれたって…全然構わないのに
僕の前では…僕の前でだけそれが出来るんだろうって内心自惚れていた心
自分を律する事がヒョンの優しさならやっぱりヒョンは残酷だと僕は思う…
「僕は嬉しかったよ…お前が怒ってくれて。本当は滅多な事でお前があんな風に怒ったりしないって知ってるからなお」
「…ヒョンは怒らないんですか?」
僅かに刺を含ませた僕の言い方にヒョンは気付かない…
「そんなことはないけど…でもほら僕の代わりに怒ってくれる人もいるし」
なんて見つめてくるのを無視して
「ヒョンは怒らない?泣きわめきも悪態もつかない?いつからそんな聖人君子になったんです?そんなの僕には到底納得出来ません」
言うが早いかヒョンはそうだよ!と
「僕が言いたいのはそこだよ。色んな考えがあっていい…お前の意見が必ずしも僕と全く一緒である必要は全くないって…むしろ違っていなくちゃ話合えないだろ?自分と全く同じ考えなら話す必要はないし…進歩も無いもの」
「そんなのは…」
ヒョンの優しさ…内容だけでなく声の調子や眼差しに含まれる優しさまでもが何故だか僕を苛立たせる
僕はヒョンに怒って欲しい
いい人になんてならないでいい…誰か例えば全世界中の人からヒョンが嫌われたって蔑まれたって僕だけは
僕だけは…そう言って慰めてあげたいのに逆に僕がヒョンになだめてもらっているなんて
「チャンミン…有難いけどもう怒らないで?」
芝居っ気たっぷりの上目遣い
ファンから可愛いいなんて言われて違うからなんて否定するふりをする時の顔
そうやって明るさや楽しさを見せてくれるヒョンにいつもは感謝するけど何故だか今は胸が痛んでしまう
そんな風に優しくならないで欲しいのに…
「色んな考えがある…だからあの記事を書いた人だって」
「ヒョン!」
少し落ち着いた怒りがヒョンの言葉でまた炎のように蘇った
「面白おかしく書くのが彼らの仕事なんだよ」
「ヒョンってば!」
思わずヒョンの肩を掴んでしまうとヒョンは驚いた様子だけど構っていられないヒョンの言葉
「言うに事欠いてあんな記事を書いた記者を弁護する気ですか?記者だなんて言葉さえおこがましい…全然真実なんて一かけらも無い妄想狂のたわごとですよ!そんな人間を弁護するなんてどうしちゃったんですか?」
そのままヒョンの肩を揺さぶるとヒョンは静かに僕の腕に手をかけた
熱いものでも触れたみたいに思わず肩を掴んでいた手を離して椅子にへたりこむと一瞬ヒョンと目があって…
それから突然抱きしめられた
抗議の言葉はヒョンの囁きにやがて小さくなって消えてしまう
抵抗はヒョンの腕に埋もれる
怒りや憤り…ヒョンを言い負かすための言葉が頭をぐるぐると回って
やがてそれすらも無くなっていくのがわかる…焼けるようだった全身からゆっくりと力が抜けて
そうして頭上から落ちるヒョンの囁き
「チャンミナ」
かすれたような声に咳払いをして
「チャンミン…少しは落ち着いた?」
「…」
さっきだって落ち着いてましたよ、とかいきなり何するんですかなんて抗議が頭をよぎったけど黙って頷いた
抱きしめられていた力がゆっくりと無くなって自由になる体がもう物足りない
離れてしまう体から奪われる体温…ヒョンの温もりや温かさや腕の中で感じた窮屈だけどまぎれもない安堵をすぐに恋しがるのを口惜しむ
ヒョンも何だか無理したみたいにベッドは乱れているし肩なんて回したり
「…大丈夫ですか?」
思わず足首に目をやると、どうかなーなんて言ってこちらを探るみたいな表情
思わずヒョン、と問いかけると
「なんてね…心配した?」
そう言って無邪気そうに笑うのは多少演技もあるんだろうけど
でも……
僕の怒り…憤りやさっきまで支配されていた燃えるような感情はもう霧散した
どこに行ったのかどこかに埋もれただけなのかはわからないけど、何だか跡形もなく無くなってしまった
くすぶっている感情の残骸すら残さずに綺麗に…ヒョンの腕の中で
ふと見やると僕を見つめているヒョンの顔
悪戯に成功した子供みたいに嬉しさと申し訳なさと期待の入り混じった曇ることのない瞳が僕を伺っている
「…前言撤回します。やっぱりヒョンは卑怯ですよ」
え、と一瞬怪訝そうな顔がすぐに破顔して
「酷いなそんなことないよ」
否定しながら顔に手をやって笑う癖
それについてネタにして笑ってしまえば…それがどんなに耳を疑うような冗談でももう大丈夫だってわかる僕達のサイン
二人の間でだけわかる言葉や仕草が増えていくたびに寄り添っていくような心
「それに嘘つきです」
なんで?と唇を尖らせた顔
「誓ってたじゃないですか。足の怪我について隠してる事無いって」
僕の言葉を聞いて胸を張りながら
「…足の怪我については隠してないから嘘じゃないだろ?」
なんて言い訳をしてやっと
穏やかになる空気に深く息をついた